政治家の顔
つい先日、政治家の仏頂面について書きましたが、昨日天野祐吉さんが新聞のコラムで、
でっかい面、仏頂面、横柄面、しかめっ面、ふくれっ面、とぼけ面と沢山並べて書いてくれました。

「我が意を得たり」です。「同じこと考えている人やっぱりいるんだ」
「○○らしい顔」ってあるとしたら「政治家らしい顔」の政治家はいないように思えます。
滅多に顔を見ることもない地方の政治家(知事や市長)もきっと同じでしょう。
それに引き換え政治ネタで嬉々としているのが、メディア諸兄なのは皮肉です。
つい先日、政治家の仏頂面について書きましたが、昨日天野祐吉さんが新聞のコラムで、
でっかい面、仏頂面、横柄面、しかめっ面、ふくれっ面、とぼけ面と沢山並べて書いてくれました。

「我が意を得たり」です。「同じこと考えている人やっぱりいるんだ」
「○○らしい顔」ってあるとしたら「政治家らしい顔」の政治家はいないように思えます。
滅多に顔を見ることもない地方の政治家(知事や市長)もきっと同じでしょう。
それに引き換え政治ネタで嬉々としているのが、メディア諸兄なのは皮肉です。

鳩峰公園から久米水天宮を抜けて八国山へ。
鳩峰公園で保育園のお散歩。こどもたちが声をそろえて「○○ちゃーん!」
そこはお友達のお家だったようです。
男の子二本ばなを垂らしていて「おはなが出ちゃった」
八国山でも別の保育園児に逢いました。
一人の子が腰を曲げて片腕を腰にまわして持っていた枯れ草をつえ代わりにして 「おじいちゃんだよ」と堂に入ったおじいちゃん振り。
今度はみんな揃っておじいちゃんおばあちゃん歩き。
保育士さんが「おはようございます」みんなも「おはよう」私も「おはよう」
子供はみんなの宝です。
冬枯れで葉がないせいでしょうか、少し離れた西武電車の音が夏より大きく聞こえます。
冬のサウンドスケープ。
所沢市民の森の「いきものふれあいの里センター」へ寄って狭山公園へ。
市民の森では去年9月の台風で枝折れした木の後片付けをしていました。ふれあいの里センターの人の話では、木々は少し大きく伸び過ぎたそうです。
台風が伐採を促したのかもしれません。
狭山公園の今年は寒さが厳しく河津桜のつぼみはまだ固い。
枯れ枝にメジロが。シジュウカラが。

2060年の人口推計が発表されました。
人口は8674万人、65歳以上は39.9%だそうです。
また少子高齢化の進行が決定的であることがはっきりしてきました。
その証拠に貧困国ほど出生率が高いのですから。
昔から「律儀者の子だくさん」と言います。格差や貧困だけが原因ともいえません。
「広く会議を興し万機公論に決する」ときだと思います。
①推計の人口減少を受け入れる。
1.生産性を上げる・・・他を寄せ付けない技術立国など
2.生産労働年齢を上げる・・・70歳過ぎまで働く
高齢者も我慢する
②人口増加を図る
1.社会全体で子育てする。高齢者の年金を社会全体で負担するなら当然。
(こども手当は迷走しましたが、必要な政策だったかも知れません)
子育てインセンティブ、子育てしないペナルティー
2.移民を受け入れる。
③後進国に逆戻りする
1.覚悟を決める
いろいろなことが考えられます。
50年後はそんなに遠い先のことではありません。国の方向決めるのは今を生きる国民の責任だと思います。
政治をITに委ねる革命が起こるかもと思うことがあります。政治の非効率がはなはだしいからです。
SF小説風にいうと無政府の実現かも知れないのです。
既に金融、特に高度な知識や技術を必要とする株式投資やデリバティブなどはコンピューターなしではできないそうです。
国の最も重要な財政運営にしても、総理大臣はもとより、大蔵大臣や経済企画庁長官よりコンピューターの方が、はるかに効率的な国家予算を作ったり、長期の計画を立てたりできることは間違いありません。
外交にしても宗教や思想にとらわれず、何処の国が正義を重んじているか、どの国と仲良くする方が良いか一層正確な判断が出来るかもしれないのです。
もっと云えば「国」そのものの存在さえ不要になるのにそう長い時間は要らないかも知れません。それほどの革命は、歴史さえ否定され「温故知新」なんていう言葉も死語になるかも知れないのです。
政治家にも時にはこんな夢想を語ってもらえれば、党利党略はなくなるのかもしれません。
夜と朝の間にむにゃむにゃと考えていた戯言です。
荒幡富士の狭い登り坂、先日降った雪がまだ凍りついていて滑りそうですが、炭の粉を撒いてありました。
年明け以来晴れて寒い日が続いているのにすっきり見えなかった富士山が今日はきれいに。
後から登ってきた人
「やっぱり今日は良く見えます」
市民の森から双眼鏡を提げてきたご夫婦に
「珍しい鳥が見えましたか」と聞いたら
「モズ、キビタキぐらいです」
強い北風に野鳥たちも少し気圧されているようです。
「春遠からじ」アオキが青い実をつけていました。




国会の内外で政治家の言葉の荒れ方が気になっています。
きつい言葉で政敵を罵倒するのを聞くと今の状況では協議も討論も妥協も殆ど絶望です。
いつもけんか腰。
その上、政治家諸先生の表情がやたら険しくなってきました。
何時も眉毛を釣り上げて、口は「への字」です。
笑っている必要はありませんが、もう少し豊かな表情、ゆとりのある顔つきをしても損はしないと思います。
朝、家を出るときに鏡を見てはいかがですか。
口角を上げるトレーニングでもしたらいかがですか。
今のままの顔つきではお互い角を突き合わせているだけで前へ進みません。
政治家の仏頂面は世の中を暗くしています。
寒い朝が続いています。とは言っても北海道で体験した寒さとはまだまだ雲泥の差。
住んでいた室蘭は北海道では比較的に温かいところですが、太平洋に噴火湾、太平洋に面していて冬になると兎に角風が強いところです。
寒風吹きすさぶ岸壁での立会を終えて事務所に戻ったら暫く頬の筋肉が強張って口がきけませんでした。
氷点下20℃を超える寒さにコートの襟を立てて歩いたことも幾たびか・・・
今朝、所沢もマイナス3℃。洗面所の水も薄ら凍っていました。
昨日、OBの昼食会で食べ過ぎで運動不足。寒さに負けていたら体重ばかり増えてしまいます。
まだ残る雪を見ながら荒幡富士から多摩湖のコースへ。
晴れているのですが、富士山は雲の中。
荒幡富士に先に来ていた人
「暫く待っているのですが、なかなか雲がとれません」




不慣れな雪、東京周辺では車も人もスリップ事故多発。
数十年前の北海道室蘭でのスリップ事故を思い出します。
何しろ坂の町で住宅は大抵坂の上でした。
坂を登るには静かにしかも一気に登りきらなければなりません。
ところがその日は全くのアイスバーンで歩くのも難しい状態。
登りきる寸前でスリップ。その後はまるでスキーを履いているように後ろ向きに滑り始めました。為す術(なすすべ)はありません。
そのまま滑って50メートル。路肩の電柱にぶつかって止まりました。
電柱がなければ2~3メートル下に転落するところでした。
寒冷地の車にはいろんなことがありました。
今はバッテリーもセルモーターも良くなりましたが、その頃殆ど毎朝寒さが厳しく、バッテリー不調でエンジンがかかりませんでした。
やむを得ずクランクハンドル(今の車にはついていません)を回すか、車を押して下り坂を利用してエンジンをかけていました。
雪道の怖さを教えられました。
昨年の東日本大震災後、安易に使われ過ぎの言葉に「絆」と共に「リーダー」があります。
「優れたリーダーとは何か」「リーダーシップとは」の類です。
決まってご登場するのが「戦国大名」とか「幕末の志士」とか「明治の元勲」
恰もリーダーだけが「国家の存亡」に拘わっているが如しです。
リーダー不在を憂慮し「若者が元気がない」 「高齢のリーダーが阻害している」 「知識教育偏重」「競争がない」「グローバル化が進んでいない」など列挙して議論百出。
「強いリーダーシップ」を求めるのは「他力本願」に通じているのではと危惧さえします。
リーダーの役割は大切ですが、それを支える多くの人々こそ重要だと思うのです。しかしこれを論ずる人はいません。
散歩をしているとき見かけるゴミを収集している人の勤勉ぶりや宅配便の人の働きぶりには何時も頭が下がる思いです。
日本を支えているのはこういう人たちです。
そもそも技術立国で成功したのも多くのプロジェクトチームのたゆまない努力の結晶だった筈です。
やたら「リーダー」を求めるのではなく、一人ひとりの努力を強調しなければ、何でも国や他人に求め、それこそ国家の衰退に繋がります。
行き過ぎたリーダー論に警鐘を鳴らします。
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