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2009年10月

OB会のついでに(日暮里・上野・秋葉原散歩)

都心へ出かけることも少なくなりましたので、約束の時間より早く出て、都内を気儘に散歩することにしました。

 日暮里で山手線を降りて、谷中霊園へ。名家のものらしき古色の墓石を見ながら、多分その子孫は今も祖先の恩恵を受けているのだろうかと想う中、世襲のことや貧困の連鎖に世の不条理を思いながら歩いていました。

 上野を通り秋葉原まであらこれを覗き見しながら文字通り「ぶらぶら」と。上野公園では炊き出しに大勢の人が輪を作って並んでいました。

 公園の中央辺りで外国人観光客に弁天堂への道を聞かれ、たどたどしく教えてあげましたが、何とか通じたようでした。

 秋葉原では、ヨドバシカメラでウィンドショッピング。

 会社のOB会の参加者は年々少なくなっていますが、皆元気で思い思いの「余生」を送っています。

 お定まりの近況報告では、誰もが極上の老後に誇らしげで、よそいきの話が多くなってむしろ寂しい感じがしてしまいます。せいぜい孫自慢は許せると思うのですが。他人の今の生活には正直関心はないようです。

 それに引き換え、昔話にはみんなで花を咲かせます。

 8時お開き、夜の繁華街どことなく不況を感じるのは、気のせいでしょうか。

Yanakareien


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市民の森の周辺で(10/28)

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小学校の裏を通ると、教室から「♪秋の夕日に 照る山もみじ」
合唱の練習の声が聞こえてきました。上手に輪唱です。それだけで何か懐かしいような嬉しい気持ちにさせられました。

 校庭では体育をしているクラスの先生の生徒を叱る声。プールの水は藻が生えて緑色になって来年の夏まで防火用水に。校舎の裏のビオトープで写生をしている児童たち。

 家を出るとすぐ狸を見かけました。すぐ前の家の庭の方へちょこちょこと尻尾を引きずって入って行ってしまいました。近所の奥さんに聞くと「車で主人を迎えに行くとき時折見かけますよ」

 学校の裏の「ドレミの丘公園」で灰色がかった姿のいい鳥に出くわしました。
市民の森のふれあいの里センターへ行って図鑑を見て「ハクセキレイ」だと教えてもらいました。

 帰り道、レジ袋に一杯のサツマイモを担いだ幼稚園の子供たち「ぼく16個あるんだよ」と誇らしげに言いました。

 小さな男の子が「重いよ」と言ったら、近くに歩いていた女の子がひょいと持ってやりました。

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富士山を見に(荒幡富士・多摩湖)

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 真っ青な高い空。富士山がよく見えること期待して荒幡富士をまわって多摩湖まで。

荒幡富士には私と同じように富士山を期待して何人かの先客がいました。
山並みの向こうに見える富士山はすっかり雪化粧をしていました。

 太宰治が「富士百景」に「東京のアパートから見える富士山はくるしい、クリスマスの飾り菓子だ」と言いながら、最後に女二人連れに富士山をバックに写真を撮って欲しいと頼まれると二人の姿をレンズから外してシャッターを切って「はい、写りました」。

太宰治らしいユーモアを想いながら、邪魔な西武ドームを外して写真を写しました。

 荒幡富士山頂から北側を見ると普段はあまり見えない日光連山も見えていました。

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 富士山の雲隠れを案じながら、多摩湖に向かいました。
少し雲のかかった富士山がくっきり見えました。

「田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける 」

万葉集・山部赤人の名歌です。

青空に遊園地の観覧車もくっきり浮かび上がっていました。

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荒幡富士考 Ⅲ

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荒幡富士に通じるのは何の変哲もない林間の小道ですが、小鳥や蝶の種類も多く季節ごとに楽しんでいます。
狸に出くわすこともあって田舎暮らしを実感してもいます。
 冬から春にかけて、木々は葉を落としていて、小鳥たちを観測しやすいことも知りました。11月の数日の間でしたが、クロスジフユシャクガという蛾の一種が一斉に羽化して森一面に飛び交ったのは冬に向かう一瞬の華やぎでした。
さて、近年夏の間の富士登山道は銀座並みの賑わいだそうです。一生に一度は登ってみようと思う人が、5合目まではバスでも行ける手軽さから挑戦しているのでしょう。
こうなると山への畏怖畏敬も山岳信仰もないのでしょう。人が登るから自分も登るという類いです。
もうひとつの山の話。ウェールズの田舎の出来事です。イギリスでは305m以上を山、それ以下を丘として地図に掲載されることになっている。ある日、山か丘かを判定するために当局から測量士が来て調査するが、290数mしかなく、このままでは地図は「丘」になってしまう。 山であることにプライドをかけていた村人は測量士をなんとか足止めして再測量をさせようと謀り画策する一方、老若男女貴賎の区別なくバケツに砂を入れて山の上まで運び上げ305mまで山を積み上げる。測量士は村人の心情を汲んで再測量して「山」と認定する」ざっとこんなストーリーです。
 人は山の高さを誇ったり、高い山に敬意を払ったりするものなのかもしれません。基本的に高いところが好きなのだと思います。

   

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格差と落差

 深刻な貧困や格差の話題が新聞でもテレビでも頻繁に取り上げられています。
何とか打つ手立てがないものかと思いながら、暗澹たる気持ちになります。

 一方で芸能人の薬物使用のことが姦しかったり、お笑い番組で訳もなく騒いでいたりします。

 その落差に矛盾を感じます。

 子供に美味しいものが食べさせられないと嘆く母子家庭とペットに贅沢をさせる有閑婦人。
 
 老老介護に疲れたお年寄りと、優雅な温泉旅行。

 厳しい就職戦線で悪戦苦闘する若者と満員のスタジアムやライブ会場。エトセトラ・・・・・・・・

 そんな光景は多分、神代の昔からあったことだと思います。

時代劇で農民庶民が飢饉で苦しんでいても、吉原えどんちゃん騒ぎというのも定番です。

勿論深刻な暗い話ばかりでは息も詰まりますから時にはばか騒ぎがあってもいいのです。

でも、この落差に矛盾を感じるのも確かです。

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荒幡富士考 Ⅱ

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 荒幡富士もそうした富士塚の一つです。私の家から歩いて7分ほどのところにある人工の富士山です。 荒幡富士の高さは18メートル。つづら折れの登山道はひと曲がりごとに1合目、2合目・・・9合目と書かれた小さな石柱が置かれていて頂上に至ります。
人工の富士山の麓に浅間神社がありますが、その境内の「荒幡の富士」の案内板によると 三島、氷川、神明、松尾の神社がありましたが明治5年浅間神社が村社として合祀されたと記されています。
荒幡富士は荒幡村の富士講信仰のシンボルとして明治17年起工し32年に完成した近郷近在でも最大級の人工の富士山となりました。
毎年7月1日には例大祭として山開きの祭典も行われます。山頂からの眺望も良くすぐ下には西武園ゴルフコース、西武園遊園地、西武ドーム、狭山丘陵が一望できますし、晴れていれば、遠く甲斐の山々や本物の富士山が見えます。
この一帯は「所沢市民の森」となっており、狭山丘陵の中の自然観察区域になっています。
今年2月のNHK午後6時「首都圏ネットワーク」で江戸時代から多く造られた富士塚の一つと紹介されました。

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荒幡富士 Ⅰ

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 なぜ山に登るのか」「そこに山があるから」
 ロープウェーの終点が山のてっぺんだと思っている輩には禅問答のように思えます。
 元来、人は本能的に高いところへ登りたがるようです。何よりの証拠に、よちよち歩きの子供でも小さな丘の前に連れていくと何も言わなくてもどんどん登り始めること必定です。
 山の恵みや山に対する畏怖、畏敬の念から山に神が鎮座し御霊が宿るとされてきたのだと思います。山に登るのは「そこに山があるから」ではなく高いところに本能的に魅せられたり、畏敬畏怖の念に導かれているからかもしれません。
 江戸時代は富士山信仰が盛んでしたが、庶民は時間もお金もなくなかなか富士山に行くことはできません。そこで、江戸の町の周辺に多くの富士塚が作られました。
 逢坂 剛の小編「新富士模様」で。
江戸時代 目黒、現在の代官山近くにも富士塚があって多くの参詣の人々で賑わっていたとのことでした。3間四方のてっぺんは眺望もよく北西に秩父の峰々、南西には富士山が見える。胎内くぐりと称して地下の祠の仕掛けもあったと書かれています。・・・・・・・・つづく



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緑の森博物館:狭山丘陵(10/18)

春先に行ったときは狭山湖外周道路を六道山公園まで往復下のですが、湿地に続くわき道の案内板が気になっていました。
 
 森の入口の駐車場から六道山を目的地にして、往復どのくらい時間がかかるか分かりませんでしたので、ともかくわき道には入りませんでした。

 半年ぶりに出かけましたので、できるだけわき道を通って坂道をアップダウン。
水鳥の池、大谷戸湿地、疎林広場、西久保湿地、戸歩いてきました。

 日曜日で好天でしたが、行き交う人もほとんどなく「マムシに注意」の赤い看板に警告されながら、森の散策を楽しんできました。

 木々の葉も少しづつ落ちて、鳥影が見やすくなってきました。蝉の声は消え、虫の音、鳥の声が秋らしい静けさでした。



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ウインドウズ7

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10月22日マイクロソフトの新しいOS「ウインドウズ7」が発売されるそうです。
私が退職後、最初に買ったパソコンはウインドウズ98でした。その後パソコンの買い替えに合わせて、ウインドウズXPに、そして現在ウインドウズVISTAに変えたのは、パソコンが壊れて買い替えた昨年5月です。

 ウインドウズ7は高機能化というよりは、高ウィルス性能アップと使いやすさだと聞いています。

 勿論、ウインドウズ7でなければ動かないソフトは今のところないので、過去の新OS発売の時と同様、VISTAで当面困ることはないのは当然です。まだ当分は(パソコンが不具合になるまでVISTAを使っていこうと思います。

 セキュリティソフトを別に買わなくてもいいだけのOSにするか、セキュリティソフトを付属させて欲しいと思いますが、無理なのでしょうか。

古いOSへのサービスを怠りなく続けてほしいと思います。

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新聞配達の日

Newspaper
今朝の新聞で今日10月18日は新聞配達の日であることを知りました。
今は大抵バイクで配達していますが、昔はたすき掛けにして新聞を小脇に抱えての配達でした。

 戦後は紙不足からタブロイド版1枚になったこともありました。
今は多い時は40ページもあります。土曜日は付属版もあってさらに厚く重くなります。加えて分厚い折り込み広告です。配達の方の御苦労が察せられます。

 普通サイズの新聞になってもせいぜい8ページくらいの時代が続きました。

 そのころ、配達の方が各家の玄関に放り込むとき、折り目で「ビジーッ」と軽快に音をたてて投げ込む姿を懐かしく思い出します。

 新聞宅配の文化が永く続くことを願い、新聞配達の方々に感謝しています。

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女郎蜘蛛・秋・荒幡周辺

Kantsubaki
女郎蜘蛛

台風20号の嵐から一週間。大
打撃を受けて翌日には殆どなくなってしまった女郎蜘蛛の巣が、徐々に復活しています。彼女たちの生きる力に感服しています。


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地面近くの笹の葉を起点にした蜘蛛の糸に笹の葉が強く上に引っ張らっれています。

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少し引っ張って見ると、その張りの強さと糸の丈夫さは驚くほどでした。
荒幡周辺を一回りしただけで、小さな秋がそこ此処にあります。

Yuzu
紅い寒椿、熟れたカラスウリ、黄色みを増した花梨、葉を落として紅い実だけが残った柿の木、黄色になった柚子、・・・・
澄んだ秋の空。

ムービー女郎蜘蛛

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木を見て森を見ず:地方分権に不安

Frog

「地方にできることは地方に」は自民党政権のときから言われてきました。
政権交代で色々な地方からの声が聞こえてきます。

 とても嬉しいことです。

 一方、地方公共団体の力不足も露呈しています。

 「我田引水」と言われても仕方ないような主張(首長)も見られます。

 「地方にできることは地方に」「二重行政・縦割り行政」の弊害からの脱却は実現しなければなりません。

 地方の行政も知事や市町村長も任せても安心のレベルまで政治行政を勉強してほしいと思いますが・・・・

いろはかるたに

【よ】葦の隋から天井のぞく 
葦の茎の穴から天井を見ても小さな丸い一点しか見えません。視野の狭いことへの戒めです。
 今時、交通・通信が発達して否応なしに世界中の情報が目から耳から入ってきます。イラクの戦争もアメリカの大統領選挙もリアルタイム。大リーグの試合もテレビの右上に「LIVE」と表示されます。
 EUの拡大やFTAの進展でますます国境の役割は小さくなっています。むしろ足元の方が見えずらくなっています。
 葦原は日本平野の原風景の象徴でした。琵琶湖や霞ヶ浦や渡良瀬遊水地はじめ多くの水辺には葦が繁茂して、水の浄化・魚の産卵・稚魚の成長など生態系の維持と環境保全に大きな役割を担ってきました。
 一方、葦はよしずとして日本の夏を涼しく演出してきたのです。コンクリート護岸が自然破壊をもたらしたことにようやく気づいて、近年葦原の水辺の環境を復元しようとの活動が行われるようになりました。

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航空公園(10/13)

 風もなく典型的な秋空。散歩は航空公園。
 銀杏の葉はかなり黄色く色づいて
 
 保育園の子供たちが賑やかに
 かけっこをしていました。

 youtubeに動画投稿を試して見ようと
 ポケットカメラを初めてムービーモードにして池の鴨を試し撮り

 公園内を何時もの通り一回りして来ました。

 奇妙なスポット
 公園内に野球場があります。何時も通るたびに、今いるところが所沢であることが不思

議に思われてきます。それがなんとも奇妙な気分になるのです。
もう所沢に住んで25年が経つのに野球場脇を通り抜けるまで別の場所のように感じてし

まいます。霊感ってあるのか考えてしまいます。

 爽やかな秋晴れです。


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八国山緑地・ほっこり広場

 今日の散歩コース。八国山から久米水天宮周りで1時間40分。
八国山緑地の中に「ほっこり広場」「おおぞら広場」「にっこり広場」といったちょっとした広場が幾つかあります。

 尾根道を歩いているだけでは、同じようにウォーキング中の人に出会いますが変化も乏しく単調です。尾根道から少しわき道に入って広場で一呼吸するのもちょっとした気分転換になります。

 今日は「ほっこり広場」へ降りてみました。10メートル位の大きな金木犀が満開でした。

 小鳥の声が聞こえたり、虫の音が楽しめたり、風を感じたり、空を見上げたり、ベンチに腰掛けて短い時間、取り留めのないことを思い浮かべたりできます。

 依然、夏目漱石が「草枕」の冒頭で「山道を歩きながらこう考えた」のくだりを歩きながら考え付くことではなく、じっくり机に向かって考えたのではないかと評したことがありましたが、考え付かない自分が心に余裕を持って歩いていなかったのだと、思うようになりました。

 久米の水天宮では柏手を打って娘たちの健康を祈って帰りました。



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所沢まつり

 所沢の住民になって25年、初めて所沢まつりに出かけてきました。
所沢の繁華街「ファルマン通り」から「銀座通り」にかけて結構な賑わいで、道行く人もすっかりお祭り気分でした。

 特に小さな子供たちの鼓笛隊は可愛らしく、児童、生徒たちのマーチングバンドも楽しく見物しました。

 街頭パフォーマンス「所沢音頭」に合わせての和太鼓演奏で小さな女の子が一生懸命、体全体で演奏していたのが可愛くて、思わず拍手を送りました。

 荒幡市民の森で炭焼きの活動をしている馴染みの「フレ炭会」の方々がフリーマーケットに参加していましたのでちょっと一声かけてきました。

 お祭りは元来「神社の祭礼」です。近くの所沢の氏神さま「神明神社」に参拝して町内会ごとの山車の引き回しも始まり、まつりらしい雰囲気の中、午前中に帰ってきました。

 所沢まつりは夜9時までやっているそうです。


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嵐のあと(荒幡富士・女郎蜘蛛)

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台風の後の風が治まった午後、まだ水溜りの残る中、散歩に出ました。
 雲間に富士山が見えました。

道すがらところ構わず巣を張っていた女郎蜘蛛が夜来の嵐にどうなったのか気になっていたのですが、案の定ほとんど全滅状態でした。まだ残っていた巣は比較的小さな巣で大きく張った巣はありません。残った巣の蜘蛛は皆、巣の修復に余念がありませんでした。

 例年になく沢山出現した女郎蜘蛛に増え過ぎを諌めるように嵐が吹き去ったのかもしれません。自然の摂理なのかも知れません。

 地面には、ドングリや強風が引きちぎった小枝が一面に散らばって、嵐のあとらしい光景でした。

 今日、女郎蜘蛛の巣をもう一度見に行くましたが、昨日より巣の数は増えているようです。昨日見た小さな巣も大きくなっていました。
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台風一過

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2年ぶりの台風の上陸は列島縦断になりました。
風は強く残っていますが、空は明るく晴れました。
雲は白く千切れて青空に溶け、森の木々は右に左に揺さぶられています。

 テレビ番組も台風報道に埋め尽くされました。
身を危険に曝してのライブ放送、や台風の傷跡(きずあと)の取材。交通機関「にも大きな影響があったとのことでした。

 多分総力を結集しての放送だと思いますが、逆に生きいきし過ぎていて違和感を感じる時があります。

 多分、視聴者側の見かたにも問題があるのかもしれません。

「火事と喧嘩はでかいほど面白い」野次馬根性を言い得て妙。

災害が起こる度に思うのですが、「さすが日本被害は最小限に食い止めた」

これからも何時もそう思えるようになって欲しいと思わざるを得ません。

 被害に遭われた方に心からお見舞い。

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武蔵丘陵森林公園・コリウス(10/4)

武蔵丘陵森林公園は行ってきました。
車で行くか、電車で行くか悩みましたが、東武池袋線で川越より先に行ったことがなかったので電車で行くことにしました。

 坂戸・東松山などは関越自動車道でお馴染みでしたが、電車は初めてです。日曜日に拘わらず、思ったより便利で乗客も多いようでした。

 ウォーキング目的でしたので南口から園内に入ってひたすら速歩。偶然でしたが、コリウスが見ごろ。

 家族連れも多く、ピクニックを楽しんでいました。思わぬ人にもばったり会ってお互い偶然を楽しみました。


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セーフティーネット・クライシスと政治献金

Batting昨夜、NHKスペシャルでセーフティーネット・クライシス3で子供の貧困問題を特集(討論番組)を見ました。

 病院に行けなくて、学校の保健室に来る児童や授業料を収められなくてアルバイトをせざるを得ない生徒や退学を余儀なくされる実情。暗澹たる思いに、なかなか寝付かれませんでした。

 経済も雇用も財政もみな手詰まりです。母子家庭も増えています。
番組出席の論者も子育てに財政を集中させることでは一致しているのですが、貧困問題は一朝一夕には解決しそうもありません。

 子供手当は来年以降のことですが、来年まで待てない逼迫した状況です。
ともかく最も身近な自治体が法律を超えて緊急の対応をするしかないのかも知れません。

 いろいろ考えているうちに、企業の政治献金が年間何百億円もあり、企業が赤字でも献金は減っていないという記事を思い出しました。

 政治献金をするくらいなら子供のために少しでも役に立てるように寄付でもすれば企業の社会的責任を果たすことになりはしないでしょうか。前年分の献金を役立てることはできないのでしょうか。

 昨日は、健康ウォーキングを兼ねて「武蔵丘陵森林公園」に行きました。家族連れのピクニックに来ている人も多く見かけました。お父さんやお母さんに連れられてみんな楽しそうでした。
 
 子供たちの笑顔は掛け替えのないものです。何とかしなくては。

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2016・オリンピック 釈然としない東京落選

深夜、ラジオで東京落選を知りました。やっぱり残念です。
負けたからかも知れませんが、何となく釈然としません。態々出かけたオバマさんも、鳩山さんも、数年間努力を続けてきた石原さんももっと釈然としない思いでしょう。

 IOCに餌をまかれて、愚弄されたような不愉快な気分です。どこの都市も多くの費用をかけて招致合戦をしてきたのは何だったのか、理不尽な話です。

 開催地決定のシステムやIOCがどれほどの権力者なのかもよくわかりません。

 そもそも前回「北京オリンピック」でごてごての開会式を見せられて国威の発揚と宣伝に辟易したのですから、オリンピックのあり方を考え直す時なのかも知れません。

 スポーツでいえば、世界選手権をもっと権威あるものにしておけばオリンピックはいらないのではとも思います。サッカーはワールドカップで盛り上がっていて、オリンピックよりも権威を高く維持しています。

 オリンピック種目も野球やソフトボールより「射撃」が正式種目だなんていうのも変です。鉄砲は殺人の道具でもあって、それこそ平和の祭典に相応しくありません。

 発祥のヨーロッパに偏りすぎたオリンピック。今のシステムが続くのなら2度と立候補なんかしてやる必要はないと思います。
  「ごまめの歯ぎしり」です。

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こだわりの女郎蜘蛛(荒幡周辺10/1)

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 驚くほど沢山の女郎蜘蛛が巣を作っています。例年になく多いような気がして「ふれあいの里センター」のガイドさんに聞いてみましたが、例年より多いかもしれませんとのことでした。

 昨日からの雨で巣がどうなっているか気にしながら歩きましたが、意外なほど頑丈でほとんどダメージは受けていません。ただ何時も巣の真ん中に鎮座している雌蜘蛛が巣を修復しているのか、忙しげに動いていました。

 木の葉蔭の巣は無事だったのですが、三日前に見た2本の電線の間に3つばかりあった巣は今日は跡形もなくなくなっていました。

 帰り道、目の上に空中を渡る蜘蛛が一匹。曇り空に溶け込んで見えない糸伝いに道を渡っていました。

 女郎蜘蛛の巣はかなり大きく、高い木の枝から下の枝に張った巣は優に3メートルを超えるものもあります。

 多分、もうじき卵を産んでいつの間にか一斉に姿を消してしまうのだと思います。


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